彦根から坂井への旅 (2026/7/17

 

 

今年に入って、九州、四国、そして沖縄の城郭巡りの旅を続けていたが、今回は車を使って彦根から福井へと旅してみた。お目当ては、彦根城、丸岡城、掛川城、そして坂井市にある千古の家である。

 

残念ながら、丸岡城は行ってみると改修工事中で立入禁止とあり、引き返すはめになった。丸岡城のウェブはそのような話に一切触れておらず、後知恵で坂井市のホームページを見ると工事のお知らせが掲載されている。これはちょっと不親切である。

 

彦根城

 

言わずと知れた大老井伊直弼の居城であり、国宝に指定されている。実は、ここを訪れたのは今回が初めてではない。60年以上前、未だ中学生であった頃に一度来ている。ただし、天守の階段を上った記憶しか残っていない。

 

城は天守と付随の櫓だけでなく、城主が生活していた下屋敷(槻御殿)と大規模な庭園が残されている。これだけのものが一体となって今に至っているのは、流石だ。

 

天守(国宝)

天秤櫓(重要文化財)

玄宮園から天守を望む

 

千古の家

 

この家の存在を知ったのは、偶然、雑誌の記事を見たことにある。この家、平安末期に京を追われた北面の武士坪川貞純がこの地に辿り着いたことが起源という。つまり800年の歴史がある。お寺を除けば、これほど古い歴史を持つ家屋が今に残されるという事例はそれほどあるまい。

 

現在の当主は坪川ますみさんという女性である。結婚して東京で生活していたが、先代が亡くなられたことで、この地に戻り家屋を維持するに至ったという。重要文化財に指定され、国の支援があるとはいえ、個人でこれを維持するには相当なご苦労があろう。

 

坪川さんは、この場所で喫茶と蕎麦の提供を行い、それを維持費用の一部に充てている。家屋を見せて頂いた後、色々とお話しをさせて頂いた。なかなか面白い方で、私が維持基金に寄附したことに痛く感激し、調理中の山菜煮物をつまみ食いさせて頂くというオマケがついた。

 

坪川家住宅

茅葺き屋根を守るため現在でも囲炉裏が焚かれる。

囲炉裏の煙は天井を抜け、屋根裏を燻す。

 

掛川城

 

掛川城は現存天守ではない。平成6年(1994年)に木造で復元されたものである。天守はレプリカであるが、文久元年(1861年)に再建された御殿は現存する城郭御殿として重要文化財に指定されている。この点で、平成16年(2004年)に木造天守が復元された四国の大洲城と状況が似ている。

 

掛川城で有名な武将は山内一豊であろう。豊臣秀吉の時代に一豊は掛川に配置され、城郭の大規模整備を行い、天守を築いた。山内一豊は関ヶ原の戦いで東軍に付き、その功績で家康から土佐国を拝領した(土佐へ移封)。そして山内家は幕末まで土佐藩主の座を守った。

 

復元天守

天守の梁構造

御殿内部

 

 

 

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