『現代戦争論』 小泉悠 2026年2月 筑摩書房
2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、太平洋戦争にも匹敵する4年の時が流れた。しかも、ウクライナは圧倒的に劣勢に置かれながらもロシア軍を押しとどめ、前線がほぼ膠着状態のまま、今もって戦争は進行中である。
プーチンは開戦当初、直ぐにでもゼレンスキー率いるウクライナ政府を倒し、親露政権(傀儡政権といってもよい)を樹立できると考えたのだろう。しかし、電撃的なキーウ進撃に失敗したことで、戦いは完全に泥沼化した。その代償は大きく、領土でいえばウクライナの2割にも満たない東部4州を手に入れるために、ロシアは推定70万人という死傷者を出した。しかも、ロシアは未だにその4州を完全掌握していない。
このような膨大な人的被害を受け、かつコストを掛けながらも、プーチン政権は国民の心情や不満をどうコントロールしているのか、筆者は、様々なデータに基づいて分析する。
ロシアは多くの国からなる連邦国家である。民族は多様、地域間の貧富の差は著しい。モスクワに住む豊かな人々にとってこの戦争は遠くの出来事で、身近で戦死した人もほとんどいない。一方、多くの兵士は貧しい地域から相対的に高い給与で駆り出された傭い兵である。最も安上がりな兵は、監獄に入っている囚人たちである。それが国民不満を最小化しながらも、兵士を補充し続けられる理由である。
そして、国内総生産(GDP)でいえば韓国にも満たないロシアがなぜ莫大な国費を投じて軍事大国であり続けられるのだろうか。そこには、戦時体制を維持し続けられるロシアの軍事経済学と軍事産業構造がある。それは平時では全く非合理的ともいえる経済システムであるが、ウクライナ侵略ではそれが戦争を支える原動力に変わった。
ロシアは経済の実力に似合わない規模で軍事的覇権を求める。それは100年前の第二次世界大戦前の世界を彷彿させるアナクロニズムとしか思えない。しかしこれは現実であり、ロシアに隣接するEU諸国にとって切実な安全保障に係わる問題を投げ掛ける。とりわけ、ロシアに隣接するバルト三国やポーランドにとって、次は自分たちに襲いかかる恐怖でしかない。この点で、EUのウクライナ支援は単なる正義の追求ではなく、自らの存在を脅かす者への対抗措置である。
では、果たしてこのロシアの存在は日本にとってどのような潜在的脅威なのだろうか?ウクライナの出来事は東アジアにとっての写し鏡になるのだろうか?
著者が最終章で述べる「日本はいかにしてロシアと向き合うべきか?」という問いかけは、日本の対外安全保障政策を考える上で多くの示唆を与える。大国は時として軍事力という暴力を持ってやってくる(それはロシア、中国だけでなく米国もそうである)。
平和を叫ぶだけでは、やって来る暴力を止めることはできない。軍事力の裏付けのない平和交渉の行く末は、言論と行動の自由のない侵略者への理不尽な隷属だけである(それはロシア占領地の現状を見れば明白である)。日本の安全保障を守るためには、「日本はしたたかでなければならない」という著者の言葉には説得力がある。外交と軍事力は相反するものでも、二者のいずれかを選択すべきものでもない。軍事、外交、インテリジェンスの三位一体が成り立ってこそ、日本は初めて「したたかに」生き残ることができるのだということだろう。