『戦場で笑う————砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する』
横田徹 2025年5月 朝日新聞出版
ふと考えれば、今や戦場記者や戦場カメラマンの手記を目にすることはめっきり少なくなった。というよりも、ほとんど無くなってしまった。出版されているのかも知れないが、少なくとも人口に膾炙するほどのものではなくなった。60年近く前のベトナム戦争当時には、本多勝一の「戦場の村」や岡村昭彦の「南ヴェトナム戦争従軍記」は、若者の心を強く引きつける書であったことを思い出す。
この本のタイトルを見ると何やらふざけ半分と思う人もいようが、内容は極めて真面目である。
戦後80年にわたって直接戦争に巻き込まれたことがない日本人には、思いもよらない戦争がいきなり日常生活に降って湧いたらどのようなことになるか想像することなど出来まい。
ウクライナの歴史をちょっと調べてみれば分かるように、ウクライナは中世から周りの強国により国土の分割や併合を繰り返した。18世紀にはロシア帝国に併合された。ロシア革命による帝政ロシアの崩壊により、1917年、ウクライナは独立国家を宣言し、それが国際的に認められるも、ソビエト・ウクライナ戦争でソ連に併合された。スターリン時代にはモスクワ政府による計画的・意図的あるいは人工的・人為的といえる大飢饉が起き、国民の5分の1が餓死した1/。そして第二次大戦の独ソ戦では全土が激戦地となった。
つまりウクライナ人にとって、望みもしない戦争が我が身に降りかかることは当たり前に起こりうる現実であり、何もしないことは黙って命を差し出すことを意味する。
2022年2月、プーチンはウクライナ侵攻を開始した。首都キーウに進軍するロシア軍に対してウクライナ軍が抗戦する状況を見て、日本では「住民が戦火に巻き込まれて命を落とすことになるので、抵抗を止めた方がよい」と曰った評論家がいたが、所詮彼らにとって、この戦争は己とは関係ない遙か遠くの出来事に過ぎない。ロシア軍に占領されれば、そこに住むウクライナの人々の人生が一体どうなるだろうという考えには全く至らない。
ロシア軍はウクライナが降伏したからといって、民間人の命を救う訳ではない。占領地では民間人に対する強姦、拷問、そして虐殺は当たり前のように起きている2/。プーチンにとって人命は戦争を遂行する上での消耗品に過ぎず、戦車やミサイルの価値ほどもない。自国の兵士とて同じであり、怯み、たじろぐ者は後ろから射殺する。それはソ連軍時代からの伝統である。
著者の横田氏はフリーの戦場記者として、現地、そして前線に赴き、そこで様々な人達にインタビューした結果を写真付きで纏めている。一方、大方の日本の新聞やテレビ局は記者を現地に送ることなく、欧米から流れるニュースをもとに記事や番組を作る。所詮そのようなマスメディアには深い洞察もなければ、報道内容も手にした情報の表面をなぞるにとどまる。
この本を読めば、なぜ軍事力でロシアに圧倒されるウクライナが4年を超えて抗い続けられるのか、未だに国民の多くがゼレンスキーを支持し、戦い続けることに賛成しているのか、その答えの片鱗を知ることができる。
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ホロドモール:1932~33年、スターリンが推進した集団農業化の下、ウクライナで穀物などの食料が徴収され、数百万人が餓死した。ウクライナは、スターリン政権が農民を一掃する目的で計画的に行ったジェノサイド(集団殺害)との認識を示している。また、イタリア上院は、2023年3月26日、ホロドモールをジェノサイドと認定した。[AFPBB News 2023.7.27 https://www.afpbb.com/articles/-/3474461]
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ロシア軍による民間人虐殺は様々報告されている。ブチャで400名ほどの住民の死体が埋められていたことは有名。正確な統計はないが、国連は2026年1月12日現在で1万4655人の民間人の死者を確認し、実際の数は恐らくそれ以上であることを強調した。[Global
Centre for Responsibility to Project 2026.3.16
https://www.globalr2p.org/countries/ukraine/?utm_source=chatgpt.com]